三重県15年連続No.1の企業にまで成長させた職人社長が語る家作りへの情熱

2017年09月19日

【住宅】家内が亡くなって、思うこと...。

 久保川弘美が8月14日に息を引き取って、16日がお通夜で17日が告別式でした。700人近い参列者に見送られて、家内も幸せでしたね。人に優しくて、人に慕われる性格でしたから、人徳というか、65歳での若い死去を残念に思っていただいて多くの友人知人が来てくれました。

 家内はもう15年ぐらい前から膠原(コウゲン)病の治療で免疫力を抑えていました。その免疫力が低いところにマック菌(非結核性抗酸菌症)が肺に感染して、やっかいなことに肺結核なら薬で治るのですが、マック菌は治す薬がありません。根気強く治療を続けていたのですが、去年の11月に運悪くもう1つ別の強い菌に感染して重度の肺炎で入院して40度の高熱がずっと続いて非常に苦しみました。そして力尽きて12月15日に心肺停止。

 しかし人工呼吸器で8月まで生きてくれました。意識ははっきりしていましたので、この8ヶ月間は私や家族にとっては、かけがえのない大切な貴重な時間となりました。長くはない命でしたから、家内も私もすべてのことを話し合いました(人工呼吸器ですから声は出ないのですが...)。本当に辛くて悲しくて、幸せな8ヶ月間でした。苦しい病気なのに、8ヶ月間頑張って私達のために生きてくれた家内には感謝の気持ちしかありませんね。

 家内は辛抱強くて気の強い女性でしたから、弱音を吐かないし文句も一切言わない人でした。そしてあんなに辛い病気なのに悲壮感も落ち込むこともなく、いつも明るくて朗らかな人だったんですね。そして少し天然でしたから、自分の病気の難しい病名も知らない時もあったりして、ノーテンキというか陰気臭くくよくよ生きる人ではありませんでした。

 家内とは高校の同級生ですから知り合って50年。23歳で結婚して今年で42年目でした。私は24歳で独立しましたから、家内は創業の時からの共同経営者だったんですね。無一文の何もない所から二人で力を合わせて、コツコツ仕事を積み上げてきました。家内も若い時は建設現場の手伝いをしてくれました。そして実家が大きく事業をしていましたから、家内はなかなか商才のある女性で、経営者としても実力を発揮しました。仕事に厳しく社員に優しく、社員の母親としてたくさんの人材を育ててくれました。

 今つくづく思うことは、家内が居なくなると家族は悲しく寂しいものですね。家族の中心は私ではなく家内でしたから、家内が居なくなると火が消えたようです。そして私は生前の家内を福の神と呼んでいました。仕事や事業で苦しい時、人生の逆境の時にいつも家内が助けてくれましたから、非常に運の強い人でしたね。今は亡くなって本当の福の神になって、あの世から私達を見守ってくれていることでしょう。そして私にとって家内は最愛で最強のビジネスパートナーでしたから、さてこれからどうやって私は仕事をしていくのでしょうか...不安です。

 しかし今家内は何を考えているのでしょうね。それは苦しい病気からやっと解放されて楽になったことでしょう。そしてやはり家族の幸せを願ってくれています。会社も若い社員さん達がしっかり経営してくれることを願ってくれていますね。必ず天国から見守ってくれていることでしょう。

 今回の家内の死は、私にとって人生最大の苦しみで、最大の挫折で、取り返しのつかない最大の失敗だったのですが、家内はのんきな性格ですから『なんとかなるわよ...。頑張んなさい。』と私に言ってくれています。そう考えるしかありませんね。私なりに耐えて生きるしかありません。

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